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いただきます

テレビを見ていて、ふと思ったこと。 ドラマでもバラエティ番組でも、食事の場面がよく出てきます。 そういう時、日本の風習として口にする「いただきます」。 ドラマであれば俳優が、きちんと両手を合わせて「いただきます」 と言う光景をよく見かけます。 これは、わたしの個人的な印象に過ぎませんが、 ひと昔ふた昔前と比べて、今の方が、テレビの食卓シーンで この「合掌+いただきます」をきっちり見せているような気がします。 台本のト書きに「両手を合わせて」とわざわざ 書いてあるとはあまり思えませんが、 若い人たちもテレビの中では、しっかり合掌している印象です。 (よく言われるコンプライアンス的な意識もあるのかもしれません) 「テレビの中では」とわざわざ書いたのは、 今の日本人は実生活でみんな本当にやっているのかな? と思ってしまうからでもあるのですが・・・ 何はともあれ、 「いただきます」「ごちそうさま」は日本の美しい文化ですから、 今の人たちの生活実態がどうであろうと、 テレビの中では、ぜひきちんと見せ続けてほしいものです。 「いただきます」も「ごちそうさま」も感謝の言葉。 その感謝は、食材を作る・採る・獲るなどをしてくれた人、 どこかから運んでくれた人、料理してくれた人、など、 自分の目の前の食事に関わった人たちへの感謝・・・、 というところまでは 誰でもなんとなく意識していると思います。 今回の《ろくすけごろく》はその先の「いただきます」 僕は生家が寺ですから、ごはんを食べる前には手を合わせて お祈りしていました。 そしてただ「いただきます」じゃなくて 「生きていたあなたの命をわたしの命にさせていただきます」

父から言われて育ったんですが、

この「あなたの命をいただく」と言う感覚が素敵だと思います。

自然界の中で人間だけが生きているのではなく

生かされているという謙虚な感覚。

動物だけでなく、穀物も野菜も、

全てのものはそれぞれの生き方のなかで

自分の生命をつちかっていたわけですから

その大切な生命を、私たちは自分の生命にかえさせてもらって

生きていくんだということを

しっかり意識するのが礼儀だと思うのです。


たしかにこの意識があると、

合掌するのがごく自然な所作になる気がします。

ちなみに、私が子供の頃の我が家では、

食卓にみんなが揃うと、母が「さん、し(三、四)」と声をかけて

それに合わせて「いただきます」と言うのが習いでした。

別に「さん、はい」でも「せーの」でもよかったんでしょうけど、

なぜか「さん、し」「いただきます!」

懐かしい思い出です。

忙しかった父が家で一緒に食卓を囲むことは、なかなかありませんでしたけど。

日本中の食卓の数だけ、いろいろな「いただきます」の光景があることでしょう。

もし、よろしければ、次のお食事の時、合掌はしてもしなくても

心の中で(生きていたあなたの命をわたしの命にさせて)とつけてから、

「いただきます」と言ってみませんか。





《追記》

この記事に合わせて食事の写真を探したのですが、

驚くほど見つかりませんでした。

テレビ番組でもカメラの前で何か食べてみせることを

嫌っていた父らしいな、と笑ってしまいました。

ということで、食べものの気配だけはする写真を。



​文:永麻理