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手紙


父の命日、7月7日が近づいてきます。

父が残した言葉を、どなたかが心に置いていて 私たち家族に伝えてくださることがあります。 父がいなくなって2ヶ月ほど経った頃のこと、 ある方からお手紙をいただきました。 その女性のお父様のことを、年の離れた六輔が慕っていて 可愛がってもいただき、お付き合いのあった間柄だったと お手紙にありました。 そして、六輔が敬愛していたその方が亡くなられたとき、 娘であるその女性に宛てて、手紙が届いたそうです。 その手紙を大事にとっておいてくださり 六輔が他界したことを受けて、 その時の文面をコピーして、同封してくださったのです。 そこには、こう書かれていました。 僕の父の逝った日の

妙な安堵感を 想い起こしています 合掌     永六輔 六輔の手紙はいつもとても短いのですが、 お父様を亡くされたその女性に対して 「ご冥福をお祈りします」といういわゆる《お悔やみ》や 「お父様にはお世話になって」も「こんな思い出が・・」もなく、 この4行。 これが胸にストンと落ちる言葉でした、と。 父を亡くした私に、人を介して届いた父の言葉。 しかも、「父の逝った日の妙な安堵感」とは まさに私の気持ちを言い当てたような表現。 これは響きました。 父は自分の父親(私には祖父)のことを尊敬し、 とても大事にしていましたから 他界したときにはずいぶん落ち込んでいたのを覚えています。 その中での「妙な安堵感」・・・ 親が逝ってしまうとき、人はそれぞれ胸に様々な感情が 湧き起こることでしょう。 最期につらい病との闘いがあれば、 これでもう楽になったという「安堵感」は多かれ少なかれ 抱くのではないでしょうか。 父の場合、晩年はパーキンソン病のため 若い頃あんなに活動的で旅から旅へと飛び回り 歩き回るのも大好きだった人が 身体が思うように動かせなくなっていました。 頭の中では、前と変わらず言いたいことが溢れてくるのに、 かつての立て板に水の喋りはできなくなっていました。 父が呂律が回らなくて情けない気分になっていることも 近くで痛いほど感じていましたから、 私は、永六輔が本人の思うようにならない重い身体から 解き放たれたことを祝ってあげたいくらいでした。 そして何より、 見ている娘が照れるほど妻を愛してやまなかった人が 14年半ぶりにその妻との再会を果たすわけですから、 私は父が息を引き取った瞬間、悲しいよりも これでやっと母に会える!よかった!という思いが一番だった と言っても過言ではありません。 しかも、七夕の日に。 父らしい演出に「やるな!」と思ったものです。


《父を亡くした娘》に宛てて何年も前に書いた手紙が

本人亡き後の娘のもとに巡り来て

「妙な安堵感。ほんと、そのとおり」と唸らされるなんて

私は「参りました!」と、心の中で父に伝えたのでした。

あれから5年になります。

合掌




​文:永麻理